デリヘル電波塔

2011年のプロ野球公式戦は、ソフトバンクホークスの日本シリーズ制覇で幕を閉じた。
野球に興味のない若者が多くなってきたとはいえ、この間話したデリヘル嬢なども「最後の試合は感動した」などと言っていて、意外と関心を持って日本シリーズを観ていた若いコも少なくないようだ。
かく言う僕はもちろん、現在テレビで観戦出来るスポーツの中で野球が最も好きなスポーツである。
ただ、冷静に考えると、「野球」というのは他の球技に比べて非常に特異な点があるとつくづく思う。
何より一番の特質は「投手の負担」である。
球技には大抵、様々なポジションが決まっている。サッカーならセンターフォワードやゴールキーパー。野球ならピッチャーやキャッチャーなど。
当然それぞれに役割があるわけだが、例えばサッカーであれば、センターフォワードの選手もサイドバックの選手もミッドフィルダーの選手も、1試合あたりの運動量はそれほど大差はないと思う。
しかし、野球では、9人の選手の中でピッチャーだけが際立って運動量が多くなるのである。ピッチャーに次いでキャッチャーも運動量が多い。そして、残りの7つのポジションになると、ピッチャーやキャッチャーに比べて極端に運動量が少なくなるのだ。
他のポジションに比べて際立って運動量が多いという事からも分かると思うが、試合の勝敗やチームの強弱も、ピッチャーの良し悪しで8割、9割が決まってしまうのである。
これほどまで一つのポジションに掛かる負担が極端に大きいスポーツは他にないだろう。

夫婦や恋人同士のコミュニケーションの取り方となると、とかく海外、特に欧米のカップルの方が日本より優れていると言われがちである。
僕はあまり日本特有の風習や文化に固執する方ではなく、どちらかというと欧米の物事に対する考え方や取り組み方を支持する方である。しかし、そんな僕でも男女カップルのコミュニケーションに関して、あの欧米式のストレートな愛情表現やスキンシップが「素晴らしいもの」だとは思えない。何故かこの点に関しては、「好きだの愛しているだのといった言葉は、そう軽々しく口にするものではない。ましてや夫婦にもなれば、そんな陳腐なセリフなど必要ない」という古い日本的な情緒感に賛同する。
デリヘル嬢など、若い女の子に接する機会があると、そのあたりについて聞いてみる事がある。すると、多くの女の子が「もし結婚したら、歳を取っても一緒に手をつないでデートするような夫婦でありたい」などと言う。
しかし、である。そのように欧米的なカップルの在り方を賞賛する一方で、日本の男性が女性に対して欧米人のような振る舞い…例えば、クルマに乗る時やお店に入る時など、サッとさりげなく女性にドアを開けてあげるなど…をするのは、キザで似合わないなどと批判的であったりもするのだ。
つまり日本の女性たちが男に望む「欧米的なもの」というのは、「夫婦になっても、朝出掛ける時、そして仕事から帰ってきた時などはキスを交わしたりしたい」とか「結婚して何年経っても、結婚記念日には二人で食事して祝って欲しい」とか、そういった「ラブラブのカップルである事を常に実感していたい」という点のみであって、それ以外の例えば先述の「ドアを開けてあげる」といった習慣などに関しては「キザでナルシストに感じる」と冷めた見方をするわけだ。
キザで自己アピールし過ぎだと感じるのがイヤなのなら、欧米的な慣習など端から望まない方がいい。日本と違って欧米の男性は、女性へのアピールがかなり露骨なのだから。

指名の種類

1月 5th, 2012

デリヘルなどのホームページで料金表を見ていると、デリヘル嬢の指名料に関して、「本指名料金」と「ネット指名料金」といった具合に、2種類の指名料が表記されている事がよくある。
風俗に殆ど馴染みのない人にとっては、「何が違うの?」とギモンに感じるだろう。実は風俗店の指名には幾つかの種類があるのだ。
まず、「本指名」だが、これは過去にお相手してもらったデリヘル嬢が気に入り、もう一度指名する事。つまりそのデリヘル嬢のリピーターとなる事である。
次に「ネット指名」。これは、文字通りお店のオフィシャルサイトや風俗ポータルサイトなどのプロフィールを見て女の子を指名する事である。そして、「店頭指名」や「パネル指名」というのは、店舗型風俗店に行った際に、受付でデリヘル嬢のパネル写真を見て女の子を指名する事を指すのだ。
このように、ネット指名やパネル指名が、単に写真やプロフィールを見てデリヘル嬢を指名するのに対し、本指名は実際にデリヘル嬢とプレイして、そのコを気に入ったという事になる。だから、デリヘル店にとっては、この本指名を多く受ける女の子こそが、最も重宝すべきデリヘル嬢となるわけである。

いつの世になっても、何故にオヤジという人種はあれほどオヤジくさいのだろう?僕が言う「オヤジくさい」というのは、例えば「クシャミをする時に必要以上にバカでかい声を出す」とか「すぐに痰がからんだような嗚咽をする」とか「食事の後、ツマヨウジでシーシーする」とか、そういう事である。
こうした行為は「中高年男性の嫌いな仕草や行動パターン」として必ず挙げられるのに、未だに多くのオヤジどもが相変わらずこれらの行為をやっている。
おそらく彼らも若い頃は「ああいうオヤジにはなりたくない」と思っていた筈である。それなのに何故?
中高年になると否が応にも「くしゃみをする時大声が出てしまう」とか言うのであれば仕方がないが、そういうわけでもない。現に僕はもはや世間的には十分「中年オヤジ」の部類に入る年齢に差し掛かっているが、クシャミの時に大声が出る事もあまりないし、ましてや痰が絡んで嗚咽する事など、喫煙者であるにも関わらず皆無である。食後にツマヨウジでシーシーする事もまずない。
というように、これらの行為をしない事は、中年になっても不可能ではないのだ。
別に僕は見た目がカッコイイわけでも何でもないが、それでも、冒頭に挙げたような「いかにもオヤジくさい行動」は避けたいと考えている。中年になっても行動や佇まいはスマートでありたいのだ。痰を吐いたり、楊枝でシーシーしたりしている中年オヤジどもにはそういう意識はないのだろうか?まさか「こういう行為をしてこそ、中年オヤジとしての風格が出るものだ」などと考えているわけではあるまい。
デリヘルを呼ぶ客の中には、こういうオヤジくさい中年オヤジもいるだろう。男の僕でさえ毛嫌いしてしまうこのような中年オヤジと笑顔で接しているデリヘル嬢は偉いとつくづく思う。

ネタ番組

12月 18th, 2011

デリヘル嬢と話していると、お笑いバラエティ番組好きの女の子が非常に多いとつくづく感じる。
「あ、今日はロンブーが司会やってる○○(←番組名)の日だ」とか「アメトーークの新しいDVD出たから早く買わなきゃ」とか、そういう話しを本当によく聞く。
僕も最近のお笑いバラエティは嫌いではない。司会をする芸人も、コメンテイターとして出演している芸人も、結構鋭い発言や共感出来る発言が多く、観ていて楽しめる。ある程度知識や情報の豊富な芸人が増えてきたのがその要因だと思う。
ただ、僕が少し残念に思うのは、今のお笑いバラエティ番組は、フリートーク、もしくはクイズやゲーム形式の企画ばかりだというところ。結局、こういう番組で聞ける芸人のトークというのは、普段自分たちが友達同士でやっているとりとめもない会話とさほど変わらず、それはそれでたまには楽しいのだが、こればかりだとさすがに食傷気味になってくるのだ。
具体的に言えば、もうちょっと「きちんと各芸人の持ちネタが観られる番組」というものがあって欲しいと思うのだ。
今の状況では、好きな芸人のネタを観たい場合、ライブに足を運ぶか、YouTubeなどにアップされているのを見つけるかしないといけないわけである。本当にテレビでネタ番組が全滅に近い状態になっているのが寂しい限りである。

世の中には「曖昧」である事で成立している物事がたくさんある。例えば「風俗」もそれに該当するのではないだろうか。
風営法によって、幾つかの営業形態の風俗が法的に認められるようにはなっている。なってはいるが、しかしながら一方で、警察は風紀を取り締まるという役目上、あまり大っぴらに性的な表現を前面に押し出した風俗店の広告などは歓迎していない。
つまりこれはどういう事かというと、「風俗店はあまり目立たないように、なるべくひっそりと営業しておいてね。そうすれば我々警察もとアナタたちに言いたくもない事をとやかく言わなくて済むから」というわけなのだ。
こうした暗黙のルールで風俗と警察の微妙なバランスが成り立っているという事から考えると、今現在最も警察の立場的に歓迎される風俗が「デリヘル」という事になるだろう。
何故ならデリヘルは店舗もなく、看板を掲げているわけでもなく、見た目上は「どこにも存在していないかのように見える」からだ。
見た目上、猥雑な存在がないという事で、「クリーンな街」を望む世のお母さん方などに対して警察としてのメンツが立つ。尚且つ、実際には若者の性欲のはけ口として機能しているという意味において風俗店の存在を認めておきたいという警察のもう一方のスタンスをも満たしてくれている。無店舗型風俗であるという事が、非常に強みになっているのだ。

ショートヘア

11月 30th, 2011

とにかくショートヘアの女性が大好きだ。いわゆるボブヘアと言われているスタイルはもちろんのこと、それよりもう少しボーイッシュなショートヘアも好きだ。
何故、いつ頃から、などは自分でもよく分からないのだが、顔自体の良し悪しにかかわらず、ショートヘアの女の子を見かけると、それだけで気になってしまう。というか、ショートヘアにしているだけで、僕にとっては3割増ぐらい可愛く思えるのだ。
ずっと昔に比べるとショートヘア好きの男も増えてきたと思う。しかし、女性のショートヘア人口は、僕の印象ではイマイチ増えていないような気がする。まだまだ足りない。もっとショートヘアの女の子が街中に溢れかえるべきだ。
おそらく、否、かなり確信を持って言えるのだが、「やっぱり多くの男性は髪の長い女性が好き」というイメージが未だに蔓延っていて、その事もショートヘアの女性が増えていかない要因の一つではないかと思う。
例えばデリヘル界においては確実にそれが言えるだろう。お店はなるべく不特定多数の男性にウケがいいルックスをデリヘル嬢に求め、そしてその為にはショートヘアよりもロングヘアの方が無難だと判断しているようである。特にソープランドなどは、女の子のファッションや髪型などに対して保守的な傾向があるので、ロングヘアの割合がかなり高い。
こうした状況の中で、せめてデリヘル界だけでも、もっとショートヘアのデリヘル嬢が増えていき、願わくば、ショートヘアが主流になるぐらいになって欲しいと思っているのだ。

しげるちゃん

11月 30th, 2011

デリヘル嬢の何人かと話していて、「意外と評判がいいんだな」と感じた有名人がいる。それは誰かというと、“泉谷しげる”だ。

残念ながら、彼女たちデリヘル嬢は泉谷しげるの音楽を聴いた経験は殆ど無く、ただ単にテレビなどで彼の言動を見たり聞いたりして、好感を持ったようなのである。

泉谷しげるは僕の数少ない好きな日本人アーチストの一人だ。

僕は表現者というものは、どこかに“照れ”や“自嘲”が感じられないと好きになれない。例えば分かりやすい例で言うと北野武などがまさにそれだ。彼が本当はかなりの照れ屋である事はもはや誰もがテレビなどで彼の姿を見ていて感じ取っているだろう。

また、僕の好きなミュージシャンにエルビス・コステロという人がいるのだが、彼はインタビューなどで自分の過去の作品について聞かれると「あの曲は駄作だ。今の自分には恥ずかしくて聴いていられない」とか「この曲も出来には不満足だが、狙いは悪くなかったかも知れない」などとすべからく辛口なのだが、これも彼流の照れ隠しだと僕は思っている。

そして泉谷しげる。彼はライブで「バカヤロー、ムリヤリ手拍子なんかするんじゃねえ!」などと客に罵声を浴びせる。彼のライブではお馴染みの光景だが、これもまさに彼の「照れ」の表れだろう。

「テレビ番組」も「ライブコンサート」も、この世の殆どのイベントは、どこか“茶番”の要素が多分にある。そうした自覚が根底にあるから、何をするにせよ、何を発言するにせよ、「何か照れ臭い」と感じてしまうのだと思う。だから、照れ屋の有名人は信用出来るのだ。逆に言えば、照れることなく、くさいセリフを吐いたり、熱いセリフを吐いたり出来てしまう上地○輔や山本○郎などは、「胡散臭い人間性」を如実に表していると思う。

クズ人間なので…

11月 30th, 2011

デリヘル嬢という仕事は世間一般的には、あまり声を大にして言えない仕事である。少なくともそういう「偏見」が未だに根強く残っている。

しかし、裸と裸の接客という究極のサービス業をしながら、まさに自分のカラダ一つとトークや愛嬌でお金を稼いでいる彼女たちは、現代社会の中でまったくもって「見上げた生き方」をしている部類だと思う。

そんなデリヘル嬢たちに比べれば、もっと本来なら世間から軽蔑され、肩身の狭い思いをするべき人種がたくさんいるだろう。

例えば、働こうと思えば働ける健康体で、身体面以外でも仕事が出来ないという事情などないのに、まんまと生活保護を受けている者たち。こいつらは最低のクズの部類だ。

また、引きこもりとなって、いい歳して親のスネをかじって暮らしている野郎どもも、かなりクズ人間だろう。

そして僕のような人間である。一生懸命働いて、少しでも良い暮らしを手に入れようとするよりも、収入はギリギリ生きていける程度でいいから、楽な仕事だけしていたいという生き方を選ぶクズ人間である。

時々、仕事で面識を持った人が僕の暮らしぶりのしょぼさに同情して、仕事を紹介しようとしてくる事がある。確かにその仕事は収入面では魅力的なのだが、その仕事をすると、今のように自宅で好きな時間に起きて好きな時間に寝るといった生活が出来なくなる。相手の人は「この仕事をすれば月平均○○万ぐらいの収入になるから、そうなったらかなり快適な暮らしになるでしょ?」と、身を乗り出すような勢いで勧めてくる。おそらくこの人は今の僕の収入からすれば、当然この仕事に飛びつくだろうと思っているのだろう。しかし僕はこの人に言いたい。「一生懸命働いて、少しでも良い暮らしを手に入れようとするよりも、収入はギリギリ生きていける程度でいいから、楽な仕事だけしていたい」というクズな考え方の人間もいるのだという事を…。

ネットでデリヘル嬢をチェックしていて、すごく好みのタイプのデリヘル嬢を見つけたとする。そのデリヘル嬢を呼ぼうとお店に電話したところ、そのデリヘル嬢は非常に人気のデリヘル嬢で、その日は既にラストまで予約で埋まってしまっている。デリヘルの方が言うには、そのデリヘル嬢を指名するなら少なくとも前日に予約しないと、当日電話して呼ぶのは難しいとの事。

デリヘルを何度か利用した事にある人なら、少なからずこういう経験はあるだろう。

こういう場合、多くの人はそのデリヘル嬢の出勤予定をチェックし、素直に前日や前々日予約しているのだろうか?僕にとってはこれが非常に苦手というか、性に合わないのである。

お店に前もって予約電話をする事自体は別段苦手でも何でもない。僕が困ってしまうのは、「前もって予約しても、その予約した日はあまりムラムラしていない可能性がある」という点である。

デリヘル嬢を呼ぶ場合、しかもすごく好みのデリヘル嬢が見つかり、そのデリヘル嬢を呼ぶ場合であればなおさら、「ムラムラ度がMAXの日」に呼びたいのだ。僕はムラムラ度が非常に低い時だと、どれだけ可愛いデリヘル嬢であっても、プレイで起たない事があるのである。そんな時にお気に入りのコを呼ぶのは非常に勿体ないわけなのだ。

だから僕は、例えばタイプのデリヘル嬢が3日後に出勤予定という確認が取れ、その3日後の○○時~予約を入れておくという遊び方が出来る男に対しては、「よくそんなやり方が出来るものだな。その日全然ムラムラのテンションが低くても平気なのだろうか?」とほとほと感心するばかりなのである。

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